給与のデジタル払いについて~外国人社員からのニーズ高まりの予感?~

「給与のデジタル払い」とは、会社が社員の「資金移動業者口座」へ、給与(賃金)を電子マネーで受け渡す(支払う)仕組みのことをいいます。2023年4月1日に、労働基準法施行規則が改正され、給与の支払い方法に「デジタル払い」が追加されました。ただし、厚生労働省による「指定資金移動業者」の審査が完了していないため、2023年7月現在、給与のデジタル払いの実際の導入開始時期について、詳細な情報は公表されていません

当事務所におきましても、「外国人社員より、電子マネーで給与を支払って欲しいと相談されたが、現時点でそのような給与支払いが可能なのか。また、どのような手続きが必要になるのか?」というお問い合わせを何件かいただいており、給与のデジタル払いに関して、外国人労働者の方々の関心の高さが窺えます

➡「給与のデジタル払い」の実際の運用開始は、厚生労働大臣による審査が完了し、資金移動業者の指定後になりますが、制度導入を検討されているのであれば、事前知識として、給与のデジタル払い制度導入の背景や今後のスケジュール、導入にあたってのメリットやデメリットをしっかりと押さえておく必要があります。

給与のデジタル払い制度導入の背景

給与の支払いは「銀行振込」が当たり前と思われる方が多いと思いますが、労働基準法において、給与は「現金(通貨)払い」が原則になります。ただし、例外として、労働者が同意した場合に銀行口座への振り込みによる給与支払いが認められるという仕組みになります。つまり、現在では当たり前となっている銀行振込による給与支払いも、実のところは時代の変遷の中で、現金払いの「例外」として認められた支払い方法になります。

そして時代はさらに進み、キャッシュレス決済やさまざまな送金サービスが普及する中、会社からの給与(賃金)送金先として、資金移動業者(※)口座を活用したいというニーズも高まってきた中、会社(使用者)が、労働者の同意を得た場合には、厚生労働大臣の指定を受けた資金移動業者口座への資金移動による賃金支払い、いわゆる「給与のデジタル払い」が可能となりました。

(※)資金移動業者とは、銀行等以外の者が、資金を移動すること(為替取引)を業として行うため、資金決済に関する法律に基づいて登録の申請をし、内閣総理大臣から「資金移動業者登録簿」への登録を受けた事業者をいいます。スマホアプリでのキャッシュレス決済が普及していますが、これも資金移動業に該当します。代表的な資金移動業者として、paypay株式会社、auペイメント株式会社、楽天Edy株式会社、株式会社メルペイなど、83社が財務局に登録されています。

給与支払方法の原則と例外

➡給与の銀行振込、給与のデジタル払いも、「賃金の通貨払いの原則の例外」となるわけですが、次のような違いが生じることが想定されます。

(※)実際の運用開始前になりますが、厚生労働省の公表によれば、給与のデジタル支払いで受け取った給与は「最低毎月1回、手数料無しで現金化できるようになる。」とされています。

・2023年4月1日の改正により、新たに「賃金(給与)のデジタル払い」が追加された労働基準法施行規則 第7条の2 第1項について簡単にご紹介します。下線部分が改正ポイントになります

【労働基準法施行規則 第7条の2 第1項 】
使用者は、労働者の同意を得た場合には、賃金の支払い方法について次の方法によることができる。
① 労働者が指定する銀行その他の金融機関に対する当該労働者の預金または貯金への振込み
② 労働者が指定する金融商品取引業者に対する当該労働者の預り金への払込み
③ 労働者が指定する指定資金移動業者の一定の資金移動業に係る口座への資金移動(給与(賃金)のデジタル払い
ただし、③に掲げる方法による場合には、当該労働者が①または②の方法による賃金の支払を選択することができるようにするとともに、当該労働者に対し、③に掲げる一定の事項について説明した上で、当該労働者の同意を得なければならない

給与のデジタル払い導入までのながれ

2023年4月に労働基準法施行規則が改正され、ルール上、給与のデジタル払いが可能とはなりましたが、2023年7月現在、厚生労働大臣による「指定資金移動業者」の指定審査が完了していないため、実際の運用開始時期は未定です。現在公表されている給与のデジタル支払いの実際の運用開始までのスケジュールは以下のとおりです。それぞれ詳しく見ていきましょう。

【給与のデジタル払い導入までのながれ】
STEP ①
2023年4月~
➡資金移動業者が厚生労働大臣に指定申請、厚生労働省で審査(数か月かかる見込み)
STEP ②
厚生労働大臣の指定後~
➡各事業場で労使協定を締結
STEP ③
労使協定の締結後~
➡個々の労働者に説明し、労働者が同意した場合には給与のデジタル払い開始

STEP ① 資金移動業者の指定

資金移動業者とは、銀行以外で送金サービスを提供できる登録事業者のことをいいます。いわゆる「au PAY」や「PayPay」といったキャッシュレス決済を提供している事業者です。2023年7月31日現在、全国で83の業者が登録されています。ただし、給与のデジタル払いにおいて、労働者はすべての資金移動業者を自由に選択できるわけではなく、厚生労働大臣の指定を受けた資金移動業者(指定資金移動業者)のみ利用可能になります。

この厚生労働大臣からの指定を受けるため、資金移動業者は、厚生労働大臣に対し、指定申請を行う必要があります。資金移動業者のうち一部の事業者が指定申請済みであることをリリースしていますが、2023年7月31日現在、厚生労働省から指定資金移動業者の公表は行われていません。給与のデジタル払いの実際の運用開始は、この資金移動業者の指定後になります

➡参考リンク:金融庁ホームページ 資金移動業者登録一覧

この資金移動業者の指定がされるまでの間に、給与のデジタル支払いを導入するメリット・デメリット(後述)を十分把握することが重要です。また、給与のデジタル払いに関する社内アンケートなどを実施し、「給与のデジタル払いを希望するのかどうか」、「利用を希望する資金移動業者はどこか」、「デジタル払いで受け取る給与の範囲はどれくらいか(全額or一部)」など、社員の意向調査を行うことも大切です。

・厚生労働大臣より指定資金移動業者としての指定を受けるには、以下の要件を満たす必要があります(改正労働基準法規則 7条の21項3号)。

【指定資金移動業者の指定要件】
(a)破産などした場合に、労働者に対して負担する債務を速やかに労働者に弁済する仕組みを有していること。
(b)口座残高上限額を100万円以下に設定するための措置または100万円を超えた場合でも速やかに100万円以下にするための措置を講じていること。
(c)第三者の不正利用などにより労働者に損失が生じたときに、当該損失を補償する仕組みを有していること。
(d)最後に口座残高が変動した日から少なくとも10年は口座残高が有効であること。
(e)現金自動支払機(ATM)を利用することなどにより口座への資金移動に係る額(1円単位)の受け取りができ、かつ、少なくとも毎月1回は手数料を負担することなく受け取りができること。また、口座への資金移動が1円単位でできること
(f)賃金の支払いに関する業務の実施状況および財務状況を適時厚生労働大臣に報告できる体制を有すること。
(g)(a)~(f)のほか、賃金の支払いに関する業務を適正かつ確実に行うことができる技術的能力を有し、かつ、十分な社会的信用を有すること。
STEP ② 労使協定の締結と同意書の取得

指定資金移動業者が決定されたのち、給与のデジタル払いの具体的な導入のながれや、手数料などが公表されることになりますが、会社(使用者)が、給与のデジタル払いを実施するために必要な手続きは(1)労使協定の締結(2)就業規則等の改定(3)労働者への周知(4)労働者からの個別の同意の取得の3点になります。それぞれ詳しく見ていきましょう。

(1)労使協定の締結
・まず、会社(使用者)は、事業場ごとに労働者の過半数で組織する労働組合がある場合にはその労働組合と、労働組合がない場合には労働者の過半数を代表する者との間で、労使協定を締結する必要があります。 この労使協定で定める項目は以下のとおりです。

【労使協定で定める事項】
(a)デジタル払いの対象となる労働者の範囲
(b)デジタル払いの対象となる賃金の範囲およびその金額
(c)会社が取り扱う指定資金移動業者に関する事項
(d)デジタル払いの運用開始時期に関する事項

(2)就業規則等の改定
・給与(賃金)の決定、計算及び支払の方法については、就業規則に必ず記載しなければならない事項(絶対的必要記載事項)になりますので、給与のデジタル払いを導入する際には、給与の支払い方法を定める事項に関して、就業規則や賃金規定等の改定が必要になります

➡また、就業規則等を変更した場合は、所轄労働基準監督署に就業規則変更届と、労働組合または労働者の過半数を代表する者の意見書、変更後の就業規則の3つを提出する必要があります。 同意を得るところまでは求められませんが、労働組合または労働者の過半数を代表する者の意見は必ず聴取する必要がありますので、話し合いの場をしっかりと設けることが重要です。

(3)労働者への周知
・就業規則等の改定後、給与のデジタル払いの運用を開始する旨を従業員へ周知します。就業規則等の改定事項の他、従業員へ以下の項目についても周知を行います。

【労働者へ周知する事項】
(a)利用可能な指定資金移動業者
(b)給与のデジタル払いでの受取範囲(金額等)
(c)同意書の提出(給与のデジタル払いを希望する場合)
(d)会社への届出事項
(希望する資金移動業者のID情報等)

(4)労働者からの個別の同意の取得
・会社からの周知説明を受けたうえで、労働者がデジタル払いによる給与支払いを希望する場合、当該労働者から個別に同意書を取得する必要があります。同意書への主な記載事項は以下のとおりです。

【同意書への主な記載事項】
(a)資金移動業者口座への賃金支払い関する内容の確認有無
(b)資金移動業者口座への賃金支払いに関する同意の有無
(c)指定資金移動業者口座への資金移動を希望する賃金の範囲およびその金額
(d)指定資金移動業者名、サービスの名称、口座番号(アカウントIDや決済ID)及び名義人
(e)指定資金移動業者口座への支払い開始の希望時期
(f)代替口座として指定する金融機関名、預貯金の種類、口座番号、名義人

※同意書については、下記の厚生労働省ホームページにて参考様式が公表されています。こちらの様式(別紙様式第14号)を利用して、労働者へ説明を行い、同意書として取得してもよいでしょう。
➡参考リンク:資金移動業者の口座への賃金支払(賃金のデジタル払い)について(厚生労働省ホームページ )

給与のデジタル払い制度導入のメリット

・給与のデジタル払い制度を導入した場合、どのようなメリットがあるでしょうか。会社(使用者)側のメリットと労働者側のメリット、それぞれ分けて考えてみましょう。

会社(使用者)側のメリット

(1)振込手数料の削減の可能性
・2023年7月の時点では、給与のデジタル払いを導入した際、資金移動業者口座への送金手数料について明確な金額は公表されていません。ただし、通常決済手続きなどを利用する場合、資金移動業者口座への送金手数料は、銀行口座への振り込み手数料に比べて安いのが一般的ですので、給与のデジタル払いを導入することにより、給与の振込手数料が削減できると想定されます。

(2)外国人労働者への柔軟な対応が可能になる
・外国人労働者にとって、銀行口座開設のハードルは高く、技術者や専門家に対して授与される「技術・人文知識・国際業務」の在留資格が許可されている外国人の方でも、金融機関によっては、口座が開設できない場合もあります。給与のデジタル払いを導入することで、そういった外国人労働者への柔軟な対応が可能になります。

冒頭にも触れましたが、当事務所おきましても、「外国人社員より、電子マネーで給与を支払って欲しいと相談されたが、現時点でそのような給与支払いが可能なのか。また、どのような手続きが必要になるのか?」というお問い合わせを何件かいただいており、給与のデジタル払いに関して、外国人労働者の方々からのニーズは高いと考えられます

(3)企業イメージの向上
・デジタル払い制度を導入し、給与の支払方法の選択肢を広げることで、多様な給与支払方法を運用できる体制が整備されている企業であることを社外に示すことができ、企業のイメージ向上にもつながるとも考えられます。

労働者側のメリット

(1)電子マネー決済利用時の利便性向上
・デジタル払いの場合、給与は銀行口座ではなく、資金移動業者の口座へ直接支払われますので、給与受取口座から電子マネー決済用口座へのチャージの手間がなくなります。言わずもがなですが、日常的に電子マネーを利用している従業員にとっては大きなメリットになります。

(2)給与受取方法の選択肢が広がる
・銀行口座を開設していない労働者、銀行口座を開設するハードルが高い外国人労働者にとっては、給与の受取方法の選択肢が広がることは大きなメリットになります。

(3)金銭管理の利便性向上
・給与のデジタル払いを希望する場合、労働者ごとに個別に同意書を作成する必要がありますが、その同意書の中で、デジタル払いで受け取る給与の範囲や金額を設定することが可能です。つまり、デジタル払いと、従来の銀行口座への振込を併用して給与を受け取ることも可能ですので、給与の使途に応じた振り分けも可能になり、給与の金銭管理がしやすくなります。

給与のデジタル払い制度導入のデメリット

・では逆に、給与のデジタル払い制度を導入した場合、どのようなデメリットがあるでしょうか。会社(使用者)側のデメリットと労働者側のデメリット、それぞれ分けて考えてみましょう。

会社(使用者)側のデメリット

(1)給与支払の事務手続きに関する業務量の増加
・給与のデジタル払いを利用するかどうかは従業員ごとによって異なります。従業員によっては、デジタル払いと従来の銀行口座への振込を併用する場合もあり、会社(使用者)側としては、給与支払事務や管理にともなう業務量が増加することが大きなデメリットになります。また、従業員ごとの同意書に記載される情報(デジタル払いの範囲およびその金額/希望する指定資金移動業者名・サービスの名称/アカウントIDや決済ID/名義人等)を適切に管理する必要があるため、管理業務量も当然に増加することになります。

(2)導入コスト・管理コストの負担
・上記(1)のような事態に対応するために、給与支払に関する運用を再度見直し、再構築するため、新たにシステムを変更、導入する必要性が生じる可能性があり、制度導入や運用のコストが生じると見込まれます。

労働者側のデメリット

(1)受け入れ上限額(100万円以下)設定によるデメリット
・資金移動業者の口座の受け入れ上限金額には100万円以下という上限が設定されています。そのため、給与(賞与を含む)をデジタル払いで受け取る場合、資金移動業者の口座残高が100万円を超えてしまうような場合には、事前に資金を他の銀行口座へ振替する、もしくはあらかじめ登録した銀行口座または証券口座などに、100万円を超えた部分の給与が資金移動されることになります。その際の送金手数料は従業員負担となることが想定されるため、これもデメリットの1つと言えるでしょう。

(2)公共料金等の自動引き落としへの対応
・公共料金などの自動引き落としについて、いまだキャッシュレス・電子マネー決済に対応していないものも多く、これらの自動引き落としに対応するためには、やはり銀行口座に一定の資金を入金しておく必要があります。

(3)資金移動業者が破綻した場合の補償のリスク
・銀行等の金融機関が破綻した場合には、預金保険法に基づく預金保険制度により一定額の預金が速やかに保護されますが、今後、給与支払が認められる指定資金移動業者が破綻した場合、預金保険制度の対象とはなりません。指定資金移動業者の指定を受けるにあたっては、保証制度を備えることが要件とされていますが、指定資金移動業者が公表されていない現段階では、具体的な保証内容について明確に示されていません。

(4)希望する資金移動業者を選択することができない場合もある
・給与のデジタル払いでは、厚生労働省が指定した資金移動業者のみ利用することが可能になります。また、デジタル払い導入に際し、労使協定で「会社が取り扱う指定資金移動業者に関する事項」を定めますが、会社が指定する資金移動業者に、従業員が希望する資金移動業者が含まれない場合もありますので、必ずしも希望する資金移動業者を選択できるとは限りません。

(5)セキュリティ面でのリスク
・電子マネーの多くは、スマートフォンアプリで利用されます。当然ながら、スマートフォンを紛失してしまった場合などに備え、これまで以上にセキュリティ対策を講じる必要が出てきます。また、「資金移動業者のシステム自体に不正アクセスが発生した場合」、「資金移動業者のセキュリティの不備により不正送金があった場合」などのリスクについても慎重に検討する必要があります。

留意事項と今後の動向

労働者からの希望があったとしても、給与のデジタル払いを必ず導入しなければならないわけではありません。労働基準法施行規則の改正は、給与の支払い方法の選択肢を増やすものにすぎません。また、会社が給与のデジタル払いを導入したとしても、希望しない労働者に対してデジタル払いを強制することも当然できません。先にも述べましたが、「給与のデジタル払い」は、賃金の通貨払い(原則)の例外であり、その制度を導入するには、労使協定の締結や労働者ごとの同意の取得等が必要になります。これら法定の手続きを経ず、労働者に対して給与を支払ってしまった場合、30万円以下の罰金に処せられる可能性があります(労働基準法120条1項)。

資金移動業者の口座への賃金支払に関する労働者のニーズ調査」(労働政策審議会分科会によるインターネット調査/4,580人回答)では、「利用したくない」が40.7%、「利用したい」が26.9%、「わからない」が32.4%という結果となっており、一定数のニーズがあることは明らかです。また、当事務所へのお問い合わせから、外国人労働者の方々の関心の高さを感じることも多く、キャッシュレス決済や多様な送金サービスの普及が進んでいる今、総じて労働者にとって、給与のデジタル払いを選択するメリットは大きいと考えられます。

➡一方、会社(使用者)側にとって、給与デジタル払いを導入することは、メリットに比べてデメリットやリスクが大きいように感じられますが、労働者からの一定のニーズがあり、今後デジタル化が急速に広がることは間違いなく、給与のデジタル払い制度導入を検討する価値は十分あると考えます

2023年7月31日現在、資金移動業者の指定が完了しておらず、デジタル払い制度については不確定な部分も多いですが、新たな情報が公表され次第、当ブログでも随時情報を更新していきます。制度導入の事前検討の段階で不明な点があれば、ぜひ当事務所までお気軽にご相談ください。

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