営業用車両を利用した社員の長距離移動について

営業社員の方が営業用車両を利用して、1日あたり300km以上走行するという話を先日伺いました。しかも出張扱いではなく、通常勤務の中で、日常的に営業用車両での移動が行われるそうです。地域性にもよりますが、営業社員の移動となると、公共交通機関での対応が困難である場合や、自社商材等を持ち運ばなければならない場合など、移動手段として営業用車両を使用せざるを得ない場合が多いのも事実です。

➡こういったケースにおいて、「 法律上の制限はないのかどうか、1日あたりの走行距離制限を設けるべきかどうか、会社の一般的な対応はどうなっているのか 」といった点について解説していきたいと思います。

法律上の制限の有無

実際、営業用車両での1日あたりの走行距離について、法律上制限は設けられていません。しかしながら、1日あたりの走行距離を無制限に認めても問題がないということにはなりません。会社は以下の点に十分注意する必要があります。

使用者の安全配慮義務について

安全配慮義務とは、使用者(会社)が、労働者の安全や健康に配慮する義務をいいます。使用者は、労働者を使用する関係にあるため、労働者の心身の安全や健康に配慮する必要があります。使用者の安全配慮義務については、以下の法律に根拠があります。

① 労働契約法第5条(労働者への安全の配慮) ➡「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」
② 労働安全衛生法第3条第1項 ➡「事業者は、単にこの法律で定める労働災害の防止のための最低基準を守るだけでなく、快適な職場環境の実現と労働条件の改善を通じて職場における労働者の安全と健康を確保するようにしなければならない。また、事業者は、国が実施する労働災害の防止に関する施策に協力するようにしなければならない。」

先日伺った事案のように、社員が毎日の通常業務として、1日あたり300km以上も営業用車両で走行するとなると、運転手の心身には相当大きな負担がかかることは間違いありません。ですので、会社が講ずべき安全配慮義務からも、一般ドライバーである社員にそのような長距離運転を業務として命じること自体回避することが妥当であり、必要であると考えます。

➡しかしながら、業務の必要上、上記のような長距離・長時間に及ぶ運転を社員に命じる、「やむを得ない事情」が生じる場合もあると思います。そのような場合でも、事故防止のため、何らかの規制を設けることは必須と考えます。安全配慮義務上、会社が取るべき具体策として、以下のような対応が考えられます。

① 営業車両での長距離走行を行う社員に対し、適切な休憩時間等を取ることを業務命令として命じる。
社内安全管理者、または安全運転管理者(※)を選任し、該当社員に対しては、運転日報等の提出を義務化し、長距離走行についての改善指示等を行う。
③ 営業用車両の法定点検実施を遵守する。

(※)安全運転管理者制度については、以下の神奈川県警察ホームページをご確認ください
➡参考リンク:神奈川県警察/安全運転管理者制度

➡使用者が安全配慮義務に違反した場合に、特別の罰則規定は存在しません。しかし、この安全配慮義務に違反することにより、使用者は、以下のようなリスクを負う可能性があります。

① 損害賠償のリスク ➡安全配慮義務に違反したことにより、労働者より損害賠償を請求されるリスクがあり、会社が多額の損害賠償責任を負う可能性があります。
② 会社のイメージ低下に伴うリスク ➡安全配慮義務違反により、労働者より訴訟が提起された場合、それによる会社のイメージ低下は相当大きいものになると考えられます。
③ 行政勧告・企業名公表のリスク ➡安全配慮義務違反の内容によっては、行政より勧告を受けたり、会社名が公表をされるリスクがあります。
走行距離制限の設定について

社員の営業用車両による移動が、業務として常態とされている会社でも、一般的には一日当たりの走行距離制限は特に設けられていないことがほとんどです。ただし、先にも述べたとおり、走行距離制限を設定することなく、社員の運転業務中に事故が発生した場合、使用者の安全配慮義務違反が問われる可能性は極めて高いと考えられますので、やはり、営業車両を使用しての1日あたりの走行距離制限の規定を就業規則等で設けることは、会社の安全配慮義務からも必要であると考えます。

長距離輸送のトラックドライバーが運転する1日の走行距離についても、法律による制限はありませんが、「距離」ではなくドライバーの「拘束時間」に対して労働基準法の制限が発生します。その点から判断すると、長距離輸送のトラックドライバーの1日あたりの平均走行距離は約600km前後と言われています。

➡また、2024年以降、自動車運転等の業務にあたるドライバーの残業時間に上限規制が設けられます。これによって、運送業のドライバーが1日に移動できる走行距離も、必然的に短くなると考えられます。

長距離輸送のトラックドライバーの1日あたりの平均走行距離が約600km前後であり、一般道の使用もあると考えると、その走行距離はさらに少なくなると考えられます。以上の点からも、「 営業社員が営業用車両を利用して、日々の通常業務として1日あたり300km以上、自動車運転する」ことを会社が命じることは、会社が十分な安全配慮義務を履行していない。」と判断されてもおかしくありません。

会社の一般的な対応

社員の営業用車両による移動について、1日当たりの走行距離制限を設けている会社は少ないのですが、就業規則の出張規定等において、その走行距離が100kmを超えた場合は「出張扱い」とする会社が多く、実際には通常業務としての1日あたりの走行距離を100km以内とするのが、多くの会社の一般的対応となっているようです

公共交通機関での対応が困難である場合や、商材などの運搬が必要な場合、営業用車両を移動手段として使用せざるを得ないことが多くあることは事実です。ただし、「 業務上の必要性がある=1日あたりの走行距離を無制限に認めてもよい 」ということにはなりません

「ほぼ毎日、日々の通常業務として、1日あたり300kmを超える距離の営業用車両での移動」を命じるようなケースでは、「業務上の必要性がある」場合であっても、やはり問題があると言わざるを得ません。上記のようなケースの場合、今一度、使用者としての安全配慮義務を見直し、対応を検討されることが必要かと思われます。

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